| 『氷点』 （三浦綾子） | 高校１年の冬、初めは『塩狩峠』を読むつもりで学校の図書室へ行き、目当てのものがなくて“仕方なく”同じ著者の作品として借りた本。文庫本は上下巻に分かれているが、借りた単行本はぶ厚い１冊の本で、正直な話、半分眠くなるのを覚悟で読み始めた。しかし、この本が与えた衝撃は強烈だった。ひとつの小説を読んで、このときほど“感動”を覚えたことはない。その年の夏、北海道を旅行したことも『氷点』を読んでこそで、旭川の神楽見本林での早朝のラジオ体操に参加したことが思い出に残る。『氷点』を読まなかったら、その後文学部へ進んでもの書きを目指すこともなかった。(2000.7.9) | |
| 『翼』 （村山由佳） | “青春小説”というカテゴリでは、私は村山由佳は最も力量のある作家と考えている。事実上のデビュー作『天使の卵』はこぢんまりとした良さがあり、『海を抱く〜BAD KIDS U』は高校生が主人公の小説としては自分の知る限りナンバーワン。足かけ４年にわたって雑誌に連載され最近単行本出版された『すべての雲は銀の…』も、人情の温かみに溢れ、ラストの締め方が素晴らしい。けれども、村山の既刊ハードカバー小説のなかで、『翼』に勝るものはない。あまりの厚さに初めは見ただけで尻込みしてしまいそうだが、読み出せばすぐに引き込まれ、一気に読み切れる。緻密な描写力と、類例のない、オリジナリティの高いストーリー。「趣味は小説を読むこと」と称する人には、ぜひともお薦めしたい本である。 | |
| 『青が散る』 （宮本輝） | 本を単独の作品でなく、一人の作家による作品すべてまとめて捉えた場合、自分が最も多く読み、かつ好きな作家は宮本輝である。初めて読んだ『螢川』、『春の夢』、『ここに地終わり海始まる』、最近では『焚火の終わり』等々。その中であえて一作を選ぶとすれば、『青が散る』になるだろう。輝ける青春の群像が、自分が高校時代を過ごした大阪・北摂を舞台に、強烈なリアリティを持って迫ってくる。宮本作品の中でも複数回読み通した、数少ない作品である。(2000.7.9) | |
| 『高校時代』 （三田誠広） | 三田誠広には後に大学の卒論を担当してもらうことになるが、『高校時代』を初めて読んだのは、まさに自分の高校時代。同じ大阪の府立高校の、しかも新聞部を描いた作品ということで、非常に親近感を持って読んだ。“名作”といい得るかどうかはやや「？」だが、三田誠広の作品の中では、自分としては最も思い出深く、かつ好きな作品である。(2000.7.9) | |
| 『対岸の彼女』 （角田光代） | 自分との距離の近さに、読んで涙が出た。学部学科の２年先輩として学生時代からその存在を知る彼女が、ようやく手にした直木賞の受賞作。奇を衒わない正統派スタイルの文章で淡々と情景を描写し、読者を引き込む。角田自身をモチーフにしたと思われる女性実業家・葵と、その“対岸”にいる主婦・小夜子。二人を対比させた現在の描写もさることながら、回想の形で記される葵の過去に、自分を重ねずにはいられなかった。街にチェッカーズの曲が流れ、庄司薫を読んでいた高校時代。銀杏並木の坂道を通った大学時代。一人で世界を旅して、ラオスで男に騙されて金を巻き上げられた話。卒業して旅行業を始め、そこに鉄道サークルが出入りしていたという話。高校の世界史の教師の言葉として挿入された、世界中でマチュピチュがいちばんきれいだったという話――。細かく見れば、気になる部分もなくはない。でも、『対岸の彼女』には、それを超えた説得力がある。角田が、他の作品でなくこの作品で直木賞を取ったことを、自分としても喜び、そして心から祝福したい。(2005.1.23) | |
| 『帰れぬ人びと』 （鷺沢萠） | 我が高校の大先輩である川端康成を例に出すまでもなく、作家の自殺は、さほど珍しくはない。しかし、鷺沢萠のそれは特別だった。自分と同い年の彼女の本は、女子大生作家としてのデビュー作を大学生協で発売後すぐに買って以来、都合20冊近くが手元にある。着実に実績を積み重ね、小説では芥川賞候補になり、エッセイやテレビのコメンテーターとしても活躍の場を広げていた鷺沢。彼女とは、とあるきっかけで直接の面識も持っており、ファンイベントに何度か参加して話をしたほか、公式ホームページで投稿を取り上げられたりもしていた。その鷺沢の、2004年４月の突然の自殺。それは悲しさや無念さを通り越した、言葉にならない衝撃だった。 | |
| 『檸檬のころ』 （豊島ミホ） | 著者曰く「派手に遊んでいるわけでないが、すっかり病んでいるわけでもない、地味な高校生」。秋田の田舎の高校を舞台にした連作短篇集。一見どうということはない高校生活の日常を描いたこの作品には、ほかの青春小説にはない魅力がある。文庫版の解説で、高橋敏夫氏はこの作品を「極上の青春小説」、著者を「ふつうをかがやかす達人」と評している。『檸檬のころ』の裏話を記したエッセイ集『底辺女子高生』を読むと、彼女の高校時代が“ふつう”だったとは言い難い気もするが、少なくとも青春小説の分野において、堀田あけみ以上に“普通”の高校生活を読める小説にした豊島ミホの文章力は、特筆に値する。(2007.2.18) 豊島ミホブログ「流れるままのミホ」 へのリンク | |
| 『さくら日記』 （堀田あけみ） | いまや完全に青春文学の“古典”と化した感のある堀田のデビュー作『１９８０アイコ十六歳』。それはそれで好きではあるが、個人的にはその“続編”である『さくら日記』が印象に残る。堀田の青春小説の特徴は、何よりも“普通”であること。堀田の青春小説は、ベッドシーンもない、ドラッグもない、受験の悲壮感もない。本当の意味での多数派であるはずの“普通”の高校生や大学生を描いて、それでいて読むに値する小説に仕上げる彼女の力量は立派の一言。私は何よりもその点で、堀田あけみという作家を尊敬する。(2000.11.14) | |
| 『されど われらが日々−』 （柴田翔） | 高校のとき、芥川賞受賞作を片端から読んでいったことがあった。さすがに戦前の受賞作は読まなかったが、戦後のものは当時の時点で半分くらいは読んだだろう。その中で最も印象に残ったのが『されど われらが日々−』。重信房子逮捕で日本赤軍も事実上の終焉を迎え、全共闘など完全に過去のものと化した感のある今日、学生運動の中での恋を描いた純文学作品など流行らない。実際、この本はいまや書店で見かけることはまずなく、図書館でも書棚にはほとんど並んでいない。昭和60年当時でも、文庫版（文春文庫）は事実上絶版状態だった。だが、高校を卒業する間際、たまたま古本屋の店頭にあるのを見つけ、100円で買った。生まれて初めて買った古本。手元に置いておきたい、作品だった。(2000.11.14) | |
| 『ワイルド・スワン』 （チェン・ユアン） | ノンフィクションはふだんはあまり読まないが、中国好きの母にも薦められて読んだこの本は、その物語のスケールの大きさに圧倒された。単なるチェン(張)家三代の伝記としての枠をはるかに超えて、清朝末期からの今日までの近現代中国を見事に描ききっている。“文化大革命”という一つの出来事だけをとってみても、これほどその実態を克明にしかもわかりやすく描いた書物はないと言ってよいように思える。歴史書としても読み物としても、どちらにしても非常に価値ある一冊といえる。(2000.7.9) | |
| 『深夜特急』 （沢木耕太郎） | 日本では“バックパッカーのバイブル”と呼ばれ、あの猿岩石の無銭旅行企画の元ともなった本。必ずしもプラスの評価をしない向きもあるようだが、沢木という人物の旅行記録として読んでも、純粋な読み物として読んでも価値ある著作だと私は思う。実際、自分もこれを読まなかったら、タイとインドへは行かなかった。別に、沢木の真似をしたかったわけではない。けれども、『深夜特急』には、人を旅に駆り立てる力がある。「○○が見たい」とか「××が食べたい」とかいうのでなく、純粋に「旅をしたい」という人は、おそらく皆同じ感想を持つと思う。「旅するために旅をして、旅を楽しむ」それは、私自身の旅のスタイルでもあるのだ。(2000.7.9) |
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